神沢「…そろそろ山戸達の様子を見に行くか」
ふと、時計を見ると11時前を指していた。
歩多破や鶴丸と過ごしているうちに、時間はあっという間に過ぎてしまった。
本当ならすぐに山戸達の様子を見に行きたいところだが…
俺は昨日の探索で気になっていた点が一つあった。
報告会でも誰も触れなかったが、あれは何だったのか調べに行くか…
扉を開けるとそこで歩多破が待ち伏せをしていた。
歩多破「神沢君。さっきぶりだな」
神沢「どうした、歩多破」
歩多破「少し寄り道していかないか。恐らく君も"あれ"が気になってるんじゃないかって思ってさ」
さすがは歩多破だ。俺の考えていたことがお見通しのようだ。
神沢「ああ…あの"地下の扉"…何かあるはずだよな」
--地下--
俺達は謎の扉の前に来た。
既にいくつか発見した"超高校級の研究教室"を思わせるかのようなプレートがあるが、文字が削られていて把握することができない状態だ。
歩多破「怪しいな…」
しばらく考え込み、歩多破はドアノブに手を掛けた。
神沢「…開けるのか?もしこの中に死体でもあったらどうするんだよ…」
歩多破「そんなものあったら大事件だろう!!!!大丈夫だ心配するな!いくぞ!」
ガチャガチャ…
歩多破「開かないな」
神沢「まぁそうだよな…」
モノッキー「ウッキッキ!その部屋、気になるでござるか?」
開かない扉にがっかりしていると、どこからともなくモノッキーが現れた。
歩多破「今日は親分じゃなくて子分か。あたしらに何の用だ」
モノッキー「この部屋を調べに来たおバカを笑いに来たでござる!」
神沢「何だかお前に言われると腹が立つな…」
モノッキー「ムッキー!!!!!オレっち怒った!!!」
歩多破「はいはい。それはいいからどうしてこの部屋が開かないか教えてくれないか?」
モノッキー「こ・の・へ・や…?あぁ、そうでござる!ここは資料室でござるよ!」
神沢「資料室?」
モノッキー「いかにも!この学園のヒミツが隠された大事な資料室でござる!」
俺の問いかけに対して、モノッキーはさらりと重大なことを漏らす。
歩多破「よし、神沢君。扉をぶち壊すぞ!」
モノワンダー「こらバカ猿!!!何を言ってるでガンス!!!!」
歩多破と俺が扉を無理矢理こじ開けようとしていると、突如モノワンダーが現れた。
モノッキー「ゲゲ!モノワンダー…」
神沢「また増えた…ええい、こいつらに構ってる暇はない!」
モノワンダー「何やってるガンス!!やめるガンス!!猿!コイツラが扉を開けたらボスに怒られるでガンスよ!」
モノッキー「そうでござるな!…そうだ!ボスに校則を追加するように頼みにいくでござる!」
歩多破「早く開け!開けええええええ!!」
モノワンダー「まったく、ミーが付いていないとポンコツでガンスね…」
モノトリ「おい、オメェ達何やってんだ?」
開かずの扉と葛藤していると今度はモノトリも姿を現し、一気に騒然となった。
モノッキー「うげげ!モノトリ…お前またボスにチクる気だろ!!逃げるでござる!」
モノワンダー「コラ猿!!ミーを置いていくなガンス!」
モノトリ「ったく、怒られてもしらんがな…」
騒ぐだけ騒いだ3体が消えたと同時くらいだろうか。
すぐに電子生徒手帳から音が鳴った。
手帳を取り出し、確認すると…
神沢「歩多破、"開かない扉を無理矢理開けるのは禁止"という校則が追加されてるぞ…」
校則のコーナーに新たな掟が追加されていた。
歩多破「本当だな…ここまでして隠し通すということは、やはり重要なものがあるんだろうな。」
神沢「そうだな…何とかしてここを調べられたらいいんだけどな…」
歩多破「強行突破できない以上、チャンスを待つしかないな…」
神沢「このことをみんなに報告しよう…」
俺は歩多破にそう提案したが、彼女は首を横に振った。
歩多破「いや。このことは黙っておこう。みんなには開かずの間があったことだけを知らせよう。」
神沢「えっ?どうしてだ…?」
歩多破「…疑いたくないが、もしあたしらの中に犯人がいたらどうする?」
神沢「…なるほどな」
歩多破「もちろんあたしはいないと思っているが…念には念を、だ。」
神沢「…わかった。俺もお前と同じ気持ちだ。だからこのことは黙っておく。」
歩多破「すまない。さ、そろそろ山戸君達の所へ向かおうか。それこそ何か進展があるかもしれないしな!」
神沢「そうだな。」
俺と歩多破は開かずの間をしばらく眺め、それ以上は何も言わずに山戸達の元へと向かった。
--校庭--
校庭に行くとそこ一帯はすさまじい光景になっていた。
神沢「何だ…これは…」
そこらじゅう穴だらけだ。
山戸達の姿は見当たらず、様子を見に来て唖然と立ち尽くす仲間たちだけが目に付いた。
樋上「なぁ、こいつら何とかしてくれよ…こんなんじゃ校庭が穴だらけだ」
歩多破「何とかって言っても…当の本人たちは何処へ…」
蘭州「穴の奥、ふか~くにいるよ~」
神沢「奥…?」
浦崎「うん。だいぶ深くまで掘ってるみたいだよ。」
そう言われ、穴を覗き込むと…
山戸「神沢ーーー!!!聞こえるかーーー!」
凄まじく山戸の声が響いていた。
神沢「山戸、やっぱり出られないんじゃないか?」
鶴丸「いま、響たちが掘ってる場所、ずーっと、つながってる」
東矢「繋がってる…?つまり地下通路を掘っているということかしら?」
石戸谷「うん。ここだけどんどん掘っていけるからきっと出口は作れるよ!」
山戸「そういう事だ!神沢、オメェも手伝え!」
神沢「いや…俺は力仕事はちょっと…」
ここにいる誰もが思っただろう。
あまりにも地道すぎて気が長い工程だ…他に方法はないのだろうか、と…
芹田「本当に地下通路なんて作れるのかしら。そんなに甘くないと思うけど」
折坂「もしもこれで出来たら…なんだかあっけないですよね」
清瀬「だけど出れるにこしたことはないのにゃ!」
水戸「…期待してないけどね」
地上にいる俺達は山戸達の掛け声を聞きながらその様子を見守っていた。
しばらくすると、作業音と声がぴたりと止まった。
歩多破「山戸君、どうかしたのか?」
歩多破が穴に向かって問いかける。
もしや出口に繋がったのではないか…?淡い期待を胸に、みんなが穴へと駆けよる。
しかし帰って来た言葉は…
山戸「悪い、行き詰りだ。地層が固くて掘れねぇ。」
その言葉を聞き、落胆して散らばる。
山戸達が地上に上がってくるも、気まずい雰囲気が漂っていた。
五月女「ま、まぁ次!次があるっしょ!」
響「うーん…」
館岡「あのさ、凄く言いにくいけど…もう諦めた方がいいんじゃない…?」
山戸「んなこたわかってる…けどよ…まだ希望はあんだろうが…」
何度も何度も希望を見出しては絶望に叩きのめされ、心も体もボロボロになっていた山戸だが、彼の心にはまだ諦めるという気持ちはないらしい。
だがそれを許さない男がいる。
三根「だから言ったじゃないですか、非現実的すぎると」
三根だ。
誰よりも外に出たがっていた三根もまた、山戸の希望に裏切られていた。
山戸「…」
三根「散々期待させておいて…なんですか、この有様は。無様なさまは。」
山戸「…んなこた言ってもよ…可能性に懸けるしかねぇだろ…」
三根「可能性…?笑わせないでください。」
山戸「オレは真面目だ…!テメェが外に出る出る言うからこちとら体張ってんじゃねぇか!文句あんのか!!?」
三根「山戸クン大体君が…!地面からなら出られるなんて言うから穴を掘って出口を作るのかと思えばなんですか!?」
山戸「うるせぇ!オレに言われても知るワケねぇだろ!」
三根と山戸はすっかり対立していた。
そこには現状況へのイライラ、期待を裏切られた事、そして互いへの怒りがぶつけられている。
二人の争いを止めたいと石戸谷が一歩踏み出したとき…
パン太郎「むぷぷ。険悪なムードですねぇ、」
五月女「で、出た~~~!!」
いつものごとく、突如パン太郎が現れた。
浦崎「五月女くん、いつも同じリアクションだね…」
モノッキー「今日はオレっちもいるでござるよ!」
モノワンダー「その下品なお口はチャックするでガンス。」
モノトリ「…」
清瀬「ぎ、ぎにゃ…って…あ、あちしはびびってないにゃ…」
芹田「もう…!出てくるときくらい一言言いなさいよ…!」
樋上「清瀬ちゃんも芹田ちゃんも強がらなくてもいいんだぜ?震えてるぜ?」
急に飛び出してきたパン太郎とその手下達も無視で、驚いた驚いてないトークで盛り上がっていた。
モノトリ「いいのか?ワイらのこと無視しても。折角親分が"出口"に案内してやるって言ってんのによ」
歩多破「はぁ?出口?」
折坂「ま、待ってください…!どうしてそんな急に…」
モノッキー「だってー?そろそろ進展がないとー?ツマラナイでござる!」
五月女「ツマラナイ…?それはアンタ達がか?」
パン太郎「…」
水戸「そんなことより本当に出口とかあるの?どーせハッタリでしょ」
モノワンダー「ちゃーんと出口はあるでガンスよ」
山戸「オレらがこんなに掘って見つからないのにどこにあるってんだよ!!」
パン太郎「むぷぷ、ちゃーんと、ありますよ」
パン太郎はにやりと笑みを浮かべると、スイッチのようなものを取り出し、ボタンを押した。
途端、立ってもいられないようなすさまじい地響きと、大きな音が俺達を襲った。
鶴丸「な、なに…こわい…」
東矢「地面が割れて…一体何が起こるというの…?」
館岡「みんな何かにつかまって…!」
みるみるうちに地面が割かれ、分断されていく。
そしてどんどん足場を奪われ…
蘭州「きゃあ!」
山戸「蘭州!!!」
足を踏み外した蘭州が奈落の底へ落ちそうになってしまった。
すかさず飛び出した山戸が手を引いた。
山戸「蘭州!!!!!絶対離すなよ!!!今すぐ引き上げてやるから!!」
蘭州「う、うん…わかったよ~…」
駆け寄った石戸谷や鶴丸の助けの元、蘭州は無事に引き上げられた。
石戸谷「無事でよかった、蘭州さん…」
蘭州「ありがとう澪くん、謙信くん、響くん…すごくこわかったよ…」
やがてじわじわと地響きが収まると、地面の隙間から円状の足場が上がって来た。
芹田「何よ…これ…」
樋上「この学園の建築はどうなってるんだ…」
誰しもがそのありえない光景に唖然としていた。
パン太郎「何って、出口へ続くエレベーターですよ」
石戸谷「どうして…!僕たちがあんなに掘ったのにこんなことって…」
パン太郎「むぷぷ、惜しいところまでは行ってたんだけどなぁ…」
三根「こんなにわかに信じがたいことが…」
モノッキー「ウッキッキ!キミのような頭の固いポンコツには想像もできないでござるね!」
その時俺達は屈辱というものを味わっていた。
必死になって探していたものがいとも簡単に現れ、そして努力を嘲笑われる。
こんなものに。
こんなもの達に。
震える拳をぐっとこらえ、歯を食いしばる。
パン太郎「ということでこの出口は開放しておくからどうぞご自由に探索してね!」
モノワンダー「さすがボスは慈悲深い!素晴らしいガンス!」
モノトリ「絶望に…震えろ」
モノッキー「ウッキッキ!オマエラの絶望する顔が楽しみでござる!」
赤い目を光らせ、パン太郎と子分たちは颯爽と姿を消した。
しばらく俺達はその場に立ち尽くしていた。
"出口"と呼ばれる場所に興味はあるものの、その先は想像不能だ。
頭の中は不安や恐怖で埋め尽くされている。
誰も「見に行ってみよう」と提案する者はいなく、沈黙が続いている。
しびれを切らしたのか、歩多破がその場を動いた。
歩多破「…あたしは中を捜査してくる。…本当に出口があるとは思わないがな」
それだけ言うと、一人でエレベーターの中央にそっと立った。
勇敢な歩多破を見て、微動だにしなかった皆が後に続いた。
折坂「なんだかんだ…みんな行くんですね」
水戸「まぁ気にはなるし…」
鶴丸「この先、何があるのかな…?」
清瀬「あちし怖くておうちに帰りたいにゃ…」
エレベーターはゆっくりと降下していった。
すぐにエレベーターは停止し、扉が開いた。
--地下通路--
樋上「何だ、ここは…」
すぐに目に付いたのは一面の鉄でできた通路。
あたりは錆びた匂いが充満している。
東矢「鼻が痛くなりそうね…」
館岡「ねぇ、すぐそこに扉があるよ!」
浦崎「まさかその扉が出口?」
恐る恐る目の前の扉を開けると…
立ちはだかる大きな大きな円状の扉。そしてその横にある謎のカードリーダー。
神沢「カードリーダー…?」
パン太郎「むぷぷ!ついに来ちゃった?」
辺りに姿が見えないのにあの声が聞こえてくる。
パン太郎「はい!パンタロはん!」
カードリーダーの後ろから、パン太郎がひょっこりと顔を出した。
さすがに慣れたのか、今回は誰も驚いていなかった。
五月女「なぁなぁ、ここがマジで出口ってか?」
パン太郎「そだよ!ここが出口なんだけどさぁ。ここを開けるには"反逆者"の電子生徒手帳をかざさないといけないんだよね~。」
芹田「反逆者って何よ」
パン太郎「さぁ、なんだろうね?それはキサマラが考えることさ。まぁ、そんなやつキサマラの中にいるかもわからないけど!むぷぷぷ~!」
石戸谷「じゃあ、その反逆者さん…?って人が電子生徒手帳をかざせば開くんだよね?おーい!反逆者さーん、いる?」
三根「失礼ですが、反逆者は人の名前ではありませんよ…?」
パン太郎「ていうかさ、キサマラもしかして出られると思ってた?」
清瀬「思ってたにゃ!早く出すにゃ!」
パン太郎「あははーーー!!オイラがそう簡単にキサマラを外に出すわけがないじゃんねーー!!!」
歩多破「テメェ…」
山戸「よせ、歩多破。気持ちはわかるけどよ、手を出したらオメェが死ぬぞ」
やっと見つけた出口が出口ではなく、更には中に裏切者のような存在である"反逆者"がいるかもしれないという現実をたたきつけられ、思考が追い付かない。
そんな俺達なんて気にもしないパン太郎はただ一人で楽しそうに笑っていた。
すると急にぴたりと笑いが止まり、とぼけたような顔で俺達を見渡していた。
パン太郎「そうだ、そういえばオイラはまだキサマラに動機をプレゼントしていなかったよね?」
蘭州「動機…?」
パン太郎「むぷぷ、そう。動機だよ。キサマラが"コロシアイ"をするための動機。」
石戸谷「コロシアイの為の動機!?そんなものいらないよ!」
パン太郎「君はいらなくてもオイラは必要なんだよね。だって"コロシアイ"する気配がなくてみんな飽きちゃってるんだよねー」
神沢「みんな…?」
パン太郎「あぁ、みんなってのはオイラの大事な部下達だよ。深い意味はないさ。それよりさぁ、そろそろ言っちゃってもいいかな?いいよね?」
五月女「んあーー!何も言わなくていいって!!マジで!!」
動機などいらないと必死に制止する声など届くはずもなく、パン太郎は不敵な笑みを浮かべた。
パン太郎「今から3日以内に"コロシアイ"が起きなかった場合、キサマラの中から誰か一人をランダムで殺します」
歩多破「殺す…?何を言っているんだ…?」
清瀬「3日以内って急すぎるにゃ!!」
突如告げられたタイムリミット、そして明確でない犠牲…
何もかもが無茶苦茶すぎて、誰しもが驚きを隠せなかった。
…パン太郎以外は。
パン太郎「むぷぷ、そしてその絶体絶命の状態で学級裁判を開催しちゃうよ!誰がクロかわかんない、つまり全員死ぬってことだよね~」
館岡「ねえ、気になってたんだけどその学級裁判ってのは何なの?」
パン太郎「それは…その時が来てからのお・た・の・し・み♪」
神沢「お前は…そんな無茶苦茶なことして何が楽しいんだ!!」
パン太郎「楽しい?…違うよ。オイラはただキサマラが絶望する様を見たいだけなんだよね」
三根「そんなもの…一体何のために…」
パン太郎「理由なんてないよ」
樋上「理由もないのにどうしてコロシアイなんてさせるんだよ」
パン太郎「あーーーもう諄い諄い。理由はないって言ったじゃん。そんなに死にたくないならさっさとコロシアイすればいいんだよ!
殴殺刺殺撲殺斬殺焼殺圧殺絞殺毒殺惨殺呪殺射殺…なんでもいいんだよ?好きな方法で!好きなように殺っちゃえばさぁ!」
折坂「そんなの…狂ってます…!!」
パン太郎「まぁ、キサマラが何を言おうと?オイラは『じゃあコロシアイはやめましょう!』なんて言いませんので!」
歩多破「人の命を弄んで…許されると思うのか…?」
パン太郎「許す…?」
歩多破「あぁ。お前がやってることは立派な殺人だ。今に警察が動くはずだ!!!」
パン太郎「心配ないよ。みーんなコロシアイが起きることを望んでるんだからさ。」
五月女「だからそのみんなって何なんだよぉ!!」
パン太郎「むぷぷーーー!さぁね!キサマラめんどくさいしオイラはドロンしちゃお~!」
パン太郎は駄々をこねる俺達に慈悲などなく、話の途中だというのに忽然と姿を消した。
山戸「くそ…わけがわからねぇ…」
もう俺達は精神的に限界だった。
渦中の人物がいない今、怒りや不安をぶつける相手もなく静寂に包まれている。
死ぬか殺すかの二択…
不穏な思いが頭の中をぐるぐる駆け巡っていた。
ここにいた人が次々とその場に座り込む中、三根だけは背を向けて立っていた。
三根の体は小刻みに震えていた。
三根「やっぱり…やっぱり何もなかったじゃないですか!!えぇ!!!?」
外に出ることを望んでいたにも関わらず次々と裏切られた彼は、到底怒りを抑えることなどできない。
五月女「亘っち落ち着いて!!」
芹田「そうよ!外に出たいのもイライラするのもみんな同じよ!」
三根は彼らの言葉を無視し、カードリーダーの前に立ち、何度も何度も自分の電子生徒手帳をかざしていた。
三根「誰ですか"反逆者"というのは!!!…いいえ、全員順番にここに生徒手帳をかざせば扉は開きますね!?!!?」
折坂「よしてください三根さん!私たちの中に反逆者がいるとでも思っているのですか?!」
三根「いるからあのパンダはあんなことを言うんですよ!!!」
山戸「オレらの中に"反逆者"なんているワケねぇだろ!!!」
歩多破「…そもそも"反逆者"って何なんだろうな。本当にあたしらの敵なのか?」
三根「私たちをここに誘拐した犯人に決まってるじゃないですか!!!!!」
館岡「うーん…本当にそうなのかな…?」
三根「いいから早く…!順番に電子生徒手帳を…!!!!」
三根のイライラは募り、興奮して誰の言葉も聞こえていないようだった。
もう止められない、そう思った瞬間、乾いた音が響き渡った。
水戸「…」
水戸が三根の頬をぱしりと叩いていた。
三根「水戸…サン…?」
水戸「…あんた、そろそろウザイ。空気読んで」
三根は水戸にぶたれた箇所をおさえながら、目を見開いていた。
すぐさまその眼はぎろりと水戸を睨みつけた。
三根「…小癪な。才能がないも同然の者が私に偉そうな口を聞かないでください」
水戸「…っ」
三根はそれ以上何も言わず、その場から去っていった。
館岡「…まぁ…三根っちの気持ちもわかるけどなぁ…」
浦崎「そうだね…こんなに辛い気持ちになればあそこまで言うのも納得できるよね」
石戸谷「だけど争いは良くないよ…コロシアイが起きちゃうよ…」
樋上「コロシアイなんて絶対あっちゃいけねぇ」
五月女「けど…コロシアイしなきゃボクたちは終わっちまう…どうすりゃいいんだろうなぁ」
神沢「…」
コロシアイをせずにタイムリミットを乗り越えられるのならそれが一番望ましいが…
そんな方法あるのだろうか…
歩多破「何はともあれ、絶対にアイツの口車に何か乗るんじゃないぞ!!」
鶴丸「うん、わかった。響は、あかりに従う。」
清瀬「でもでもそうは言っても…!あちし達はコロシアイしなくてもわたりんが殺意を持ってたらどうするにゃ!?」
歩多破「安心しろ!!!!」
突如歩多破は緊迫した空気をけ飛ばすかのような大声をだし、胸を張った。
そして深く深呼吸をしたかと思うと…
歩多破「あたしが全員守ったらーーーーーーい!!!!!!!!」
歩多破のすさまじい勢いがこだましていた。
その威圧感は抱いている不安を消し去った。
館岡「よっ!さすがは世界の歩多破刑事!」
蘭州「朱里ちゃんかっこいいね~!」
芹田「気休めかもしれないけど、今は頼りにしてるわよ」
険悪だったムードは、歩多破のおかげで多少の平穏さを取り戻していた。
全員を守るなんて不可能かもしれないが、今はその前向きな言葉が唯一の救いだ。
ぐ~…
その和やかな空気の中で、誰かのお腹の虫が鳴った。
館岡「ねぇ、はらぺこさんは誰?」
五月女「めんごめんご!ボク!腹へってまじやべぇ!」
折坂「そうとなればお食事でもいたしませんか?」
水戸「ん、そだね。早くこんなジメジメしたとこから出たいし」
東矢「そうね。錆臭くなりそうだわ…」
浦崎「だったら早くご飯の支度しなきゃ…私、先に戻るね。」
石戸谷「僕も…疲れちゃったし温泉でゆっくりしたいな…」
館岡「じゃあひとまず解散だね。俺はもうすこしここを探索しておくよ、ね。センセ」
神沢「えっ、俺も必要か…?」
ここで一旦解散することになった。
俺と館岡は二人で出口付近を調べることにした。
館岡「うーん…」
館岡は何かを考えながら扉やカードリーダーを調べていた。
神沢「なぁ館岡」
館岡「なぁに、センセ?」
館岡を呼び止めると、彼はにこりと微笑みながら振り返った。
神沢「…何で俺を残したんだ?」
俺は単刀直入に疑問をぶつけた。
すると館岡は俺の方に近づき、まじまじと俺を凝視する。
館岡「…神沢センセイの意見を聞きたいなって思ったからさ」
神沢「俺の意見…?」
館岡「そう。誰にも邪魔されず、センセイに1:1で聞きたいことがあったから、さ。」
神沢「…そこまでして聞きたいことって何だ?」
もしかしたら俺はこの場で殺されるのでは…?
そう思った俺は後ずさりをした。
館岡はそれに気づき、俺の手を引いた。
館岡「あはは、センセ…もしかして警戒してる?」
神沢「まぁあんなこと言われた後だからな…」
館岡「それもそっか!大丈夫、俺は殺さないよ!でもセンセイが可哀そうだからもったいぶらないで聞いちゃおうかな」
神沢「あ、あぁ…」
恐る恐る相槌を打つと、先ほどまで俺を笑い飛ばしていた彼は真面目な表情へと変わった。
館岡「もしセンセイが…俺達と同じような状況の高校生同士の殺人事件を題材にした小説を書くとしたら…その中に黒幕を入れる?」
神沢「…」
突然の館岡の質問に、俺はすぐに答えることはできなかった。
簡単に物語を考え、しばらく頭の中で構想を練った。
そして俺の出した答えは―…
神沢「俺なら、入れる」
そう言うと館岡は一瞬驚いたかのように目を見開き、小さく笑った。
館岡「やっぱりセンセイもそうなんだね。だったらもう、誰も信じちゃいけないね」
神沢「えっ?」
館岡「だってこの中に反逆者…つまりは"黒幕"がいるってセンセは思うんでしょ?」
神沢「それは…」
館岡「ねぇ、黒幕って誰だろうね?」
神沢「…俺には分からない…まだ…何も材料がない…」
館岡「そっか」
残念そうな顔で俺を見ると、それ以上は何も言わずに館岡は地上へ続くエレベーターへと乗り込んだ。
俺も館岡の後に続いた。
小刻みに揺れるエレベーターの中で館岡はぽつりとつぶやいた。
館岡「あんまり人を信じないようにね、神沢センセ。」
その意味深な言葉を、俺は聞こえていないふりをした。
エレベーターが止まると、館岡は無言で手を振ってふらりと歩いて行った。
人を信じるな…か…
この状況にまでなると、もう疑わずにいられなくなる…
だけど俺は誰も疑いたくない。俺は俺なりに人を信じて希望を探す…!
ぐっと唇をかみしめ、エレベーターの外へと踏み出した。
俺は部屋へと戻り、シャワーを浴びると食堂へと足を運んだ。
--食堂--
俺が食堂に着いた頃には、大体の面子が集まっていた。
五月女「あれ?澪っちは?」
神沢「山戸?俺は一緒じゃないけど…」
どうやらまだ山戸が来ていないらしく、五月女がそわそわしていた。
すると珍しく落ち着かない様子の東矢もこちらへとやって来た。
東矢「山戸くんだけじゃなくて蘭州さんもいないの…」
神沢「えっ?蘭州も…?」
五月女「澪っちまさか結凛っちを殺っちまったとかじゃねぇよな!?」
東矢「五月女くん、冗談はやめて頂戴!」
二人がいないことに騒然となり、俺は不安がこみあげて来た。
神沢「俺、探してくる」
いてもたってもいられず、すぐさま食堂を飛び出した。
校内の至る所を探すも見つからず、まだ探していない最後の場所へと向かう。
…個室のある建物だ。
何処にもいなかったからもうここしかない、俺は意を決して建物の中へ入った。
蘭州「あっ、伊織くんだ~。こんばんは~」
そこには蘭州がいた。
変わらずおっとりとしている彼女の姿に俺は安堵して胸をなでおろした。
神沢「蘭州、みんな心配してるぞ。」
蘭州「うん、ごめんね~…澪くんをどうしても連れ出したくて…」
神沢「山戸を?」
蘭州「澪くん、ずっとお部屋から出てこないんだ~…昼間のお礼も言いたかったんだけど、誰にも会いたくないんだって…」
どうやら山戸が個室から出てこなく、心配した蘭州が彼を連れ出そうとしているらしい。
山戸の部屋のチャイムを鳴らし、ノックをして声をかけた。
神沢「山戸、俺だ。神沢だ。みんな待ってるぞ」
だが中から返事はない。
何度かノックしながら名前を呼ぶと、遂に返事が返って来た。
山戸「…悪ぃ。オレは行かねぇ」
しかしその返事は重く、いつもの明るさなど微塵も感じない弱々しい声だ。
蘭州「澪くん、どうして来たくないのかな~?」
山戸「…」
蘭州が声をかけてもだんまりで、出てくる様子もない。
しばらく何もせずに扉を見つめていると、先に声をあげたのは山戸だった。
山戸「…オレ、どうしたらいいか分からねぇんだ」
神沢「えっ?」
山戸「オレはよ…コロシアイなんてせずにここから出たくて方法を探って来た。けどそれが逆にコロシアイを始めるキッカケになってよ…
アイツにも…三根にも合わせる顔がねぇ。五月女だってそうだ。オメェらだって…」
どうやら彼は自分の行動が原因でコロシアイの引き金になったと思って悩んでいるらしい。
とりあえず何か声をかけなければ…。そう思っていた矢先…
蘭州「そんなことないよ!!!」
突如、おっとりしている彼女とは思えない程大きな声で、扉の向こうへと問いかけた。
蘭州「澪くんはみんなの為にがんばってるでしょ!亘くんだって、澪くんのこと怒ってなんかないよ」
山戸「でも怖ぇよ…オレ…アイツらに何て言えばいいんだよ…」
蘭州「何も言わなくていい。いつもみたいに、大きい声でみんなの不安を吹き飛ばしてくれるなら、何もいらないよ」
山戸「…」
蘭州「それに澪くんは、崖から落ちそうだったわたしを助けてくれたよね?みんな、澪くんが優しくて一生懸命なのはわかってるよ」
山戸「……」
蘭州「悪いのは澪くんじゃない。この状況なんだよ。だから思い悩んだりしないで…?」
山戸「………」
蘭州はそれ以上は何も言わなかった。
もう伝えたいことは伝えた、と彼女は思っていたからだろう。
蘭州「じゃあ、わたしは行くね~!食堂でご飯食べながらみんなで待ってるね~」
最後に一言だけ言い残し、俺の手をそっと引いた。
蘭州「行こう、伊織くん。あとは澪くんが決めることだからね」
神沢「あ、あぁ…」
食堂に向かう途中、ふと山戸が気になって建物の方を振り返った。
神沢「山戸…来るかな…」
ぽつりとつぶやくと、蘭州はにこりと笑って言った。
蘭州「絶対に来るよ~!澪くんは優しいからね~」
その根拠は何処からくるのだろう、と思ったが山戸なら来てくれるだろう…
そう信じながら俺達は食堂へと戻った。
--食堂--
蘭州「みんなごめんね~!」
食堂に戻ると、心配していた東矢がこちらへ駆け寄って来た。
東矢「蘭州さん…!心配したのよ、無事でよかった…!」
蘭州「麗沙ちゃん、ごめんね~…」
館岡「あれ、センセ。山戸は?」
蘭州「大丈夫だよ~!もうすぐ来ると思うよ~!」
そんな会話をしていたすぐだった。
山戸「よ、よう…」
入口に立っていたのは少しよそよそしい山戸だった。
芹田「あら、本当に来たのね」
山戸「蘭州が来いって言うからよぉ…」
清瀬「単純にゃ」
歩多破「君は可愛い女の子に弱いんだな」
山戸「うるせー!!ほっとけ!!!」
三根「ふふ、やはり貴方様がいると賑やかで良いですね」
水戸「そう?ウザイだけじゃん」
山戸「水戸ォ!!!そういうの傷つくからやめろ!!!!」
浦崎「いいから早く席について。ご飯冷めるから。」
山戸「あ、ハイ。サーセン…」
全員がやっと揃い、待ちくたびれていた五月女の豪快な合掌ですぐに食事が行われた。
その間は和気あいあいとしていて、相変わらずコロシアイのことは忘れてしまう程。
時間が遅くなったこともあり、気が付けば時計の針はパン太郎アナウンスの30分前だった。
食事が終わると各自解散となったが、何人かは片づけの為に残っていた。
その中には珍しく山戸の姿もあり、一人でせっせと台を拭いている蘭州に近づいた。
蘭州「澪くん、どうしたのかな~?」
山戸に気がついた蘭州が声を掛けると、彼は照れ臭そうにそっぽを向いた。
山戸「その…ありがとな、蘭州」
蘭州「お礼を言うのはわたしの方だよ~!こちらこそ、色々とありがとうだよ~」
相も変わらずにこりと笑顔で応対する彼女をよそに、山戸は明らかに動揺がすごい。
しばらくすると、蘭州は山戸の手を握り、そっと何かを渡した。
蘭州「あのね、これ。良かったらどうぞ~」
山戸「…!」
蘭州が山戸に渡したものは、小さなお守りだった。
そこには刺繍で恐竜がデザインされている。
蘭州「澪くんをイメージして作ったんだ~♪」
山戸「やべぇ…めっちゃ嬉しい…」
和やかな雰囲気の二人を遠くから見ていた歩多破はすごい顔をしていた。
歩多破「…あいつ本当に単純だな」
神沢「そうだな…」
歩多破「ここから始まるサスペンス!なんてことにならなきゃいいがな…」
歩多破は深刻な表情を浮かべ、そうつぶやく。
神沢「どういう意味だ?」
状況が読めなく、歩多破に問いかけると彼女は俺の頭に拳を押し付け、グリグリと動かした。
神沢「痛い痛い歩多破痛い!ギブギブ…!」
わけもわからず先制攻撃を食らった俺は、そのまま両手を上げた。
歩多破「状況を考えろ助手沢くん!!!!!」
神沢「助手…沢…?」
攻撃から開放されるやいなや、歩多破は俺を怒鳴りつける。
歩多破「コロシアイを余儀なくされているこの状況、相手の心に付け込んで信頼されたところを…なんてよくあるだろう!」
神沢「なるほどなぁ…」
歩多破「山戸君の動向はあたしが監視しておくよ。万が一を考えてな。」
神沢「わかった。お前に任せた。」
歩多破「…蘭州君は優しい心の持ち主だが…ああいう子に限って裏があったりするからな…要注意、ってところだな」
神沢「あいつに限ってそんなことあるか?」
歩多破「だーかーら!!万が一って言ったろ!!!!」
神沢「あ、あぁ…」
刑事である以上、事件に備えて人を疑うことは仕方ないのだろう。
だが俺は違う。
神沢「万が一、であっても俺は誰も疑いたくない…」
小さくそうつぶやくと、歩多破は真剣な顔でこちらを見た。
歩多破「君は本当に優しいな。…だがその優しさはいつか裏切られるぞ」
神沢「わかってる…けどこの状況だからこそ、信じていたいんだ」
歩多破「…」
呆れられただろうか…そう思っていた矢先、歩多破は俺の頬をつねった。
神沢「ふはは!?はひふんはよ!(歩多破!?何すんだよ!)」
さっきから歩多破の不意打ちを食らい、抵抗する余地もない。
歩多破「にしし!大丈夫だ!あたしに任せろってんだ!」
そう言うとつねっていた手を放し、俺の背中をぽんと叩いた。
歩多破「実は何とかコロシアイをせずにタイムリミットを乗り越える作戦を考えてるんだよ」
神沢「えっ?」
どうやら歩多破は歩多破なりに考えがあるらしい。
歩多破「誰かが何かをしでかす前に先手を打ってやろうと思ってな」
神沢「そんなこと可能なのか?」
歩多破「可能かどうかは…まぁやってみなきゃわからないけどな。それに…もう少し時間が欲しい」
神沢「時間…?」
キーンコーンカーンコーン…
その時、まるで見計らったかのように夜時間を告げるチャイムが響き渡る。
俺達は急いで食堂を飛び出し、個室のある建物へと戻ることにした。
建物に入ると、ここに来るまで無言だった歩多破が口を開いた。
歩多破「さっきの話だが、まだ実行するには計画が不十分でな…準備が出来たらまた声を掛けるから、その時は応援頼むぞ!」
神沢「ああ、わかった。」
その言葉を最後に、お互い個室の中へと入った。
--自室--
パン太郎のアナウンスを聞いてからどれだけの時間が経っただろうか…
強制コロシアイの宣告を受けてから、妙な緊張感と恐怖感に襲われていた。
到底眠気など来るはずもなく、俺はじっとベッドの上に横たわっている。
…このままここで一晩過ごすのも退屈だ。
俺はふと思い立って部屋を出た。
何気なく校舎へ入り、1階の廊下を歩いていると、食堂に明りがともっていることに気付いた。
…こんな時間に誰かいるのか?
胸騒ぎがする。
俺は恐る恐る食堂のドアノブに手をかけ、静かに扉を開いた。
そこにいたのは…
鶴丸「わ~!かもみーるてぃー。おいしい!」
蘭州「すっごくリラックスできるね~♪」
東矢「ふふ、お気に召して良かったわ」
意外な3人だった。
しばらくその様子を見ていると、東矢が俺に気付いたらしくこちらへと近寄って来た。
東矢「あら、神沢くん。貴方も眠れないのかしら?」
神沢「あの…一体何してるんだ…?」
蘭州「お茶会だよ~」
神沢「お茶…会…?こんな時間に…?」
鶴丸「うん、お茶会。響、ねむれない。れいさ、響にかもみーるてぃー、作ってくれた」
東矢「二人が眠れないって言うから、少しだけ付き合ってもらってるのよ」
この平穏な空気と面子に理解が追い付かず、俺はしばらく頭を抱えた。
そういえば東矢と蘭州はよく一緒にいるし、鶴丸はよく食堂にいる。
そう考えれば何も不思議ではない組み合わせだ…。
だけどどうしてもこの三人の関係がつかめず、俺はつい口が先走ってしまった。
神沢「東矢と蘭州ってよく一緒にいるけど仲いいのか?」
東矢「仲がいいというか…あの子そそっかしくて放っておけないのよ」
神沢「鶴丸は…?」
鶴丸「お茶会仲間…!どやぁ…!」
神沢「うん。わかった。わかったからその無邪気な笑顔はやめてくれ。」
とりあえず三人が仲が良いことは理解ができた。
一人で混乱している俺を、三人は不思議そうに見つめていた。
しばらくすると、東矢がカップを取り出し、テーブルへと手招きした。
東矢「神沢くん。良かったら貴方も一杯いかが?」
折角なのでお邪魔することにしよう。
俺は席に着き、東矢の淹れた自慢のカモミールティーをまじまじと見つめた。
東矢「警戒しすぎよ…。毒なんて入っていないから安心して頂戴。」
…相変わらず警戒心が強いのか、すぐに見透かされていた。
鶴丸も蘭州も飲んでいるし、淹れてもらったからには飲まないわけにはいかず、ゆっくりとティーカップに口を付けた。
神沢「…うまいな、このカモミールティー。飲みやすい…。」
東矢「お口に合ったようで良かったわ」
それからはしばらくお茶を飲みながら他愛のない会話で盛り上がった。
本当にごく普通のお茶会だ…正直悪くない。
夜も更けてきた頃、最後に残っていたカモミールティーをカップに注ぐと、東矢は深刻な表情でぼそりとつぶやいた。
東矢「いよいよ大詰めになってきたわね…」
神沢「大詰め…?」
東矢「"コロシアイ"のことよ…」
誰もがすっかり忘れていた"あの話題"が浮上した。
鶴丸「響、不安…こわい…」
蘭州「コロシアイなんてしたくないよ…」
東矢「そうね…」
比較的穏やかな三人だが、やはり不安な気持ちは同じらしい。
俺はふと、歩多破の言葉を思い出した。
神沢「…歩多破がコロシアイをせずに乗り切れる作戦を考えてるみたいだ。それに委ねてみないか?」
東矢「果たしてそんなこと、可能なのかしら?」
神沢「えっ?」
東矢「彼女が"反逆者"や"黒幕"ならまだしも、そうでないなら他に可能性なんてないんじゃないかしら…?
それに、そんなことをしているうちにタイムリミットになったら元も子もないわ。」
鶴丸「響は…あかりが悪い人、だとは思わない…」
東矢「私もそれは同感よ。だからこそ可能性を考えられないの。それに、私だって対策は考えているわ。」
神沢「対策…?」
やはり各々コロシアイの対策を考えているらしい。
東矢は少し冷酷な顔をしながら、その対策法を口にした。
東矢「…いざとなったら私は命を差し出そうと思っているわ」
神沢「えっ…!?」
突如放たれたその一言は重く、グサリと突き刺さった。
鶴丸「れいさ…何、言ってるの…?」
鶴丸も蘭州も俺も驚きを隠せなかった。
東矢「何、って…私は犠牲になってもいいと言ってるの」
鶴丸「だめ、れいさ!」
東矢「私一人の命よりも皆の命の方が大切よ。」
神沢「待て…!誰も犠牲にならずに出られる方法があるかもしれないだろ!」
東矢「私たちに迷ってる暇なんてないわ。」
鶴丸「れいさ、おちついて…!考え直して!」
東矢「私はいつだって冷静よ」
東矢の意思は強く、俺達の抑制等聞き入れるつもりはないようだ。
そんな中、ずっと黙っていた蘭州が声を上げた。
蘭州「麗沙ちゃん…そんなこと言わないで…!」
神沢「蘭州…?」
蘭州「お願いだから…死んでもいいなんて…言わないで…!」
声を震わせながら訴える蘭州に、東矢は少し動揺していた。
東矢「そうは言っても、全員死ぬという選択肢よりかは良いじゃない!」
蘭州「よくない、よくないよ…!だって…だって麗沙ちゃんは…わたしの初めての友達なんだよ…?」
東矢「友…達…?」
鶴丸「そうだよ、れいさ。響も、ともだち。ともだち死ぬ、嫌…」
東矢「…」
東矢は必死に訴える二人に苦悩の表情を浮かべていた。
東矢「私は…人殺しの才能を持つ人間なのよ…?」
蘭州「そんなの関係ないよ…だって麗沙ちゃんは今、自分よりもみんなのことを考えていたでしょ?」
鶴丸「れいさ、優しい。響は、誰よりもしってる!」
東矢「…二人とも…ごめんなさい。少し考え直すわ…」
蘭州「うん。さっき伊織くんが言ってたみたいに、朱里ちゃんが何とかしてくれると思うからもう少しだけ待ってみよ?」
東矢「ええ、わかったわ…だけどどうしてもの時は許して頂戴」
何とか東矢の強い意志を砕き、彼女を犠牲にするという案は白紙になった。
カモミールティーが効いたのか、程よく眠気が襲って来たしすっかり遅い時間になったのでお開きにり、個室に戻ることにした。
神沢「…鶴丸」
俺は最後に食堂を出ようとした鶴丸を呼び止めた。
鶴丸「なぁに、いおり?」
優し気な表情で振り向いた鶴丸に一言だけぽつりとつぶやいた。
神沢「…二人を頼む。」
そう言うと、鶴丸は得意気に返す。
鶴丸「だいじょうぶだよ、いおり。れいさもゆりんもいい人。コロシアイなんてしないよ。ぜったい。」
神沢「そうだな」
それ以上は何も言わず、個室へと戻るとそのままベッドへ倒れ込んだ。
…振り返ると、今日はこの学園に来て一番濃い1日だったな。
そしてふと俺は思った。
蘭州は自分よりも他人を大切にする優しい心の持ち主だ。
だからこそ…その優しさを利用して、どちら側でも狙われてしまうのではないか。
そしてもしかしたら裏の顔があるのではないか、と考えてしまった。
…あまり悪いことを考えたらいけないな。
俺はそっと目をつぶると、そのまますぐに深い眠りへと落ちていった。
…
……
………
キーンコーンカーンコーン…
すっかり朝になっていた。俺はアナウンスの音で慌てて飛び起きた。
ドンドンドン!ドンドンドンドン!!
起きるとすぐに扉をたたく音が聞こえた。
神沢「…誰だ?」
俺はドキドキしながら扉の外へ問いかけた。
東矢「神沢くん、私よ。早く来て頂戴…!」
扉をたたいていたのは東矢だった。
いつもと違う慌てふためいた声に、何かあったのではと急いで部屋を飛び出した。
神沢「どうしたんだ東矢」
東矢「結凛ちゃんが…部屋にいるはずなのに音沙汰がないの」
東矢のその言葉にぞっと背筋が凍った。
まさか蘭州に何かあったのか…?
東矢も相当気が動転しているようだ。
山戸「おい、オメェラどうしたんだよ!」
朝食の時間になっても姿を見せない俺達を心配し、山戸が迎えにきたようだ。
神沢「まずいことになってるかもしれない」
山戸「あぁ?まずいこと?」
東矢「まさか結凛ちゃん、私の言葉を真に受けたんじゃ…」
山戸「昨日のことォ?オメェラ何があったんだよ?」
昨晩お茶会にいなかった山戸に軽く状況を説明すると、その表情は一気に青ざめた。
山戸「オイ!!蘭州!!!いるのか??いたら返事しろ!!」
東矢「結凛ちゃん…!お願い、返事して…!」
二人は必死になって声を掛けていた。
山戸「オイ、扉ぶち壊すぞ!」
神沢「待て山戸!勝手に部屋を開けたら罰則が…」
東矢「神沢くん!!!今は緊急事態よ!!」
山戸と東矢が強引に扉を開けようとしたその時…
ガチャ…
蘭州「ん~…むにゃむにゃ…あ、おはよ~!」
寝起きなのか、寝ぼけ眼の蘭州が顔を出した。
その姿にここにいた全員が安心した。
すぐさま東矢は蘭州をぎゅっと抱きしめた。
蘭州「あ、あれ~?みんな、どうしたのかな~?」
状況がわからない蘭州は頭にはてなを浮かべていた。
山戸「ったく、心配したぜ」
神沢「そういえば蘭州はいつも朝が遅かったな…」
東矢「結凛ちゃん、明日からは私がきちんと朝に迎えに来るわね」
蘭州「うん、ありがとう~!ちゃんと目覚ましかけておくね~!」
東矢「…とりあえず結凛ちゃん、髪を整えてお洋服着替えてらっしゃい?」
蘭州「…あっ!うん、そうだね~!」
蘭州の支度をが終わると、俺達は食堂へ向かった。
--食堂--
既に全員が朝食にありついていて、各自で食事をしている。
気づけば昨日から食堂に頻繁に出入りしているな…
そう思いながら俺は端っこの席に座った。
五月女「みんなおはよ~ん!!!!コロシアイ起きてなくてマジ良かった~~~!!!」
水戸「ああもう、朝からうるさい。」
石戸谷「ちゃんとみんな揃って良かったよ!」
館岡「そうだねぇ。正直コロシアイが起きちゃうんじゃないかって不安だったよ。」
何事もなく無事に全員が揃ったことに安心した。
だが昨日の言葉を決して忘れることはなかった。
俺は注意深く周りの様子を伺った。
三根「いよいよ残り時間もわずかとなりましたが…このままここで生涯を終えることになるんでしょうかね」
芹田「そうね、最悪の場合はその覚悟が必要ね」
樋上「まぁコロシアイが起きるよりはいいのかもしれねぇな」
ここにいる半数がもう諦めモードに入っているらしい。
こんな絶体絶命の状況でも、やはり誰かを殺すという悪行は避けたいと思っているのだろう。
清瀬「誰も対策は考えてないのかにゃ?」
折坂「うーん、対策ってあるんですかね…?」
一方歩多破や東矢のように、何かしら対策を考えようとしてる人もいるらしい。
そんな中。
五月女「はーい!はいはいはーい!ボクあるよ!」
元気よく手を上げたのは五月女だった。
浦崎「やけに自信満々だけど、一体何を思いついたの?」
浦崎は少し疑い深い目で五月女を見ていた。
五月女「え?やっぱそこは"コロシアイする"ことっしょ?」
石戸谷「ええ!?何言ってるの!?」
五月女の突然の言葉に誰しもが驚いていた。
芹田「あんた正気!?」
五月女「いや正気だってマジ!」
鶴丸「こはく、おかしい!正気、ちがう!」
五月女「だってそれしか方法ないじゃん!だからさ、マジやばくなったらボクを殺せばいいよ!」
神沢「えっ…」
昨晩の東矢同様、五月女も自分を犠牲にすることで"コロシアイ"を乗り越える手段を考えていたらしい。
折坂「そ、それなら私だって…!みなさんが助かるなら犠牲にになっても構いません!」
山戸「オレだって同じだ!」
石戸谷「僕もみんなの為に犠牲になっていいよ!!」
五月女に続き、次々と我こそが犠牲になってもの構わないとの声が上がった。
神沢「みんな待てって…!」
歩多破「……………………………」
俺が制裁に入ろうとすると、歩多破ががしりと俺の腕をつかんだ。
その様子に気付いた五月女が彼女の表情を伺う。
五月女「朱里っち?」
歩多破「いい加減にしやがれ!!!!!」
歩多破は勢いよく立ち上がり、バン、と机をたたいた。
歩多破「どいつもこいつも聞いてりゃ死んでいいなんて軽々しく言うな!!!!!!」
東矢「彼女の言う通りよ。実は私も昨日同じことを言っていたけれど、コロシアイをしなくていい方法を探す時間はまだあると思うの」
三根「もう幾度となく可能性に裏切られました、それでもなおそんなことを言うのです?」
歩多破「あたしに得策がある。」
館岡「ほう?みんなの歩多破刑事なら頼りがいがありそうだね?」
歩多破「…だけど今はまだ言えない。夕飯の時までには必ず作戦を練っておく!」
五月女「…朱里っち、じゃああんたを信じて任せてオケってこと?」
歩多破「ああ!バッチリ任せろってんだ!」
そういえば歩多破の作戦ってどんなものなんだろう。
やけに自信があるように聞こえるが…
歩多破の言葉で犠牲になるという方法はもみ消しにされた中、東矢がすっと手を上げた。
東矢「少しいいかしら?この状況を打ち壊すようで申し訳ないのだけれど、みんなに相談…というか、言っておかなくちゃいけないことがあるの」
水戸「何?重要なこと?」
東矢「…昨日の夜時間の間だと思うのだけど、誰かが私の研究教室のセキュリティを破壊してるのよ…」
東矢の突然の告白に一同全員が耳を疑った。
山戸「マジかよ…!?元から壊れてたんじゃなくてか!?」
東矢「昨日はきちんと起動してたわ。私と結凛ちゃんがしっかり確認したもの」
蘭州「うん、ちゃんと動いてたよ~」
折坂「ということは誰かコロシアイをしようとしてるってことじゃないですか!!」
樋上「やっぱり呑気なこと言ってる場合じゃねぇだろ…!」
誰かコロシアイを起こそうとしてる人が…この中にいるのか…?
歩多破「みんな落ち着け!!!凶器が盗まれないように日中はあたしが研究教室を張り込みしてやら!!」
石戸谷「そ、そうだね…!」
東矢「だったら夜間は私が監視しておくわ」
浦崎「でも、その隙に凶器盗ることもできるよね?」
鶴丸「だったら響も、一緒にみはりばん、する!」
清瀬「にゃはは!ついでに動いたら罠が発動するようにすればいいのにゃ!」
樋上「そうだな、その程度なら俺に任せてくれ。パパッと作ってやるぜ」
歩多破「これで決まりだな。いいか!コロシアイをしようとしてる"誰か"よ!馬鹿な真似はやめろ!!!」
山戸「ああ、そうだぞ!ぜってえオレらはコロシアイなんてしねぇ!!!!」
五月女「みんなで生きてここから出る、そう約束しようぜぇ!」
東矢の研究教室から凶器が盗まれないよう、歩多破達が監視することになった。
…だがそれで安心できたわけではない。
誰かが、この中の誰かが間違いなくコロシアイに向けて動いている。
その前に…何としてでも対策を打つんだ…!
絶対にコロシアイなんて起きさせない…!!!みんなでこの学園から出るんだ…!
朝食が終わると各自動いていた。
対策を取る者、部屋に戻る者、どこかで時間を潰す者…。
俺は特に用事もないし誰かと一緒に過ごして時間を潰そう。
さて、誰と過ごそうかな…。
to be continued...